劇団四季ファミリーミュージカル『エルコスの祈り』は、1984年に日生名作劇場『エルリックコスモスの239時間』として初演され、衣装や振付のリニューアルを経て、繰り返し再演されています。
私が初めて観たのは、2003年、日生名作劇場のモニター観劇でした。
この年から、タイトルが
エルリック・コスモスの239時間
から、
エルコスの祈り、に変更されました。
子供の教育方法や、人間社会の中でのロボットの位置づけなどの問題提起を含み、シンプルなハッピーエンドでは終わらない作品なのですが、ぜひ、お子さんと一緒に、また大人だけでも観劇してほしい作品です。
2023年8月
最初にこの記事を書いた2016年から7年後の2023年の公演を観劇して、
人工知能や、10代の子をめぐる犯罪などの社会情勢が大きく変わったこともあり、作品から受ける印象が変わりました。
また細かい演出の変更点もありましたので、追記をしました。
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劇団四季ファミリーミュージカル『エルコスの祈り』ってどんな作品?
特に原作となるような児童文学作品などはないようです。
初演時『エルリックコスモスの239時間』の脚本を書いた梶賀千鶴子さんは、現在は「SCSミュージカル研究所」を主宰されています。
『エルコスの祈り』のあらすじ
今から50年後の未来が舞台(※)。
問題を起こした子どもたちが集められたユートピア学園では、厳しい管理教育が行われていました。
ある日、学園の理事長をロボットのセールスマンが訪ねてきて、1台でなんでもこなす、最新型のロボットを売り込みます。
経費節約になる、という売り文句に惹かれた理事長はロボットの導入を決定します。
そのロボット、CPΣ・081-1型ESPアンドロイドエスパー、エルリック・コスモスを制作したストーン博士は、学園を見学した時に子どもたちの生気のない顔を見てショックを受け、子どもたちの夢を取り戻すことができるようなアンドロイドを作ろうとしていました。
最後に、学園から呼ばれた子どもたちを催眠誘導して、子どもたちの心の奥の夢を聞き出した博士は、その夢をエルコスにインプットします。
見た目は人間の若い女性そっくりのアンドロイド、エルコスは、学園にやってくると、あっという間に子どもたちの画一的な制服を、それぞれの個性に合わせたカラフルな服に作り替えます。
今まで否定されてきた子どもたちの個性を
がんこ⇒意志が強い
のろま⇒おっとりして優雅
でしゃばり⇒積極的
とポジティブにとらえなおして、彼らの心を開放していきます。
優しくて、なんでもできて、お料理も上手。子どもたちはエルコスが大好きになります。たった一人、育児ロボットにまかせきりで育てられ、ロボットを嫌っているジョンを除いて。
そして、今まで子どもたちを規則と体罰で縛り付けてきたダニエラ・パルタ・ダーリーの3人の教師たちは、
エルコスがなんでもこなしてしまうので、仕事がなくなってしまいます。
エルコスの動力源はFZIという特殊なエネルギー体で、240時間ごとに補給する必要があります。もし、汚染されたFZIをとり入れるとエルコスの人工細胞は異変をきたして、気化してしまうのです。
教師たちは、エルコスに反発しているジョンを利用して、エルコスを破壊しようと画策するのですが・・・
※50年後の未来、という設定について
2023年8月の東京公演のPVでは、「50年後の未来」というテロップと、セールスマンの「50年後の地球へ」というセリフがあるのですが、
実際の公演では、セールスマンのこのセリフがなくなり、公演プログラムのあらすじの「時は今から50年後」という文言もカットされています。
舞台冒頭のタイムマシンの場面はそのまま残っているのですが、
セールスマンのセリフは、「未来に行く」とははっきり言っておらず「ユートピア学園」に行く、という言い方で、
ふんわり、なんとなく、未来っぽい時代=今ここではないどこかに行く、という印象です。
この変更は、2016年~17年の前回公演時より生成AIの普及などで、
(人間そっくりの見た目はともかく)人間とおなじように受け答えができ、エルコスのような、ヒトと良好な関係を作りヒトに望ましい行動を促すような人工知能の実現は、50年後=今の小学生が老齢になるころではないだろう、と思われること、
今まで人間が担ってきた仕事が人工知能に代わられることが現実に起きつつあること、
などから、具体的な数字を出すことを避けたのかな、と考察しています。
劇団四季ファミリーミュージカル『エルコスの祈り』の主なキャラクター
エルコス(エルリック・コスモス)
ストーン博士が開発した万能ロボット。子どもたちの夢や暖かいイメージをインプットされ、それらにこたえる温かい心を持っている。
ジョン
生まれてすぐ母親が亡くなり、父親が育児ロボットに任せきりにしたために親の愛に飢え、機械を嫌っている少年。動物が好き。
ストーン博士
ユートピア学園の生徒に夢と笑顔を取り戻すためにエルコスを開発した科学者
セールスマン
ユートピア学園にエルコスを売り込みに来たロボットレンタル会社の営業員。
理事長
ユートピア学園の経営者。経営効率が第一で、エルコスを導入すれば経費が削減できる、というセールスマンの売込みに乗せられる。
ダニエラ、パルタ、ダーリー
ユートピア学園の教師たち。子どもたちを管理し、服従させることに生きがいを感じている。ダーリーは少し抜けているところがある。
ポール
音楽が好きな少年。父親に音楽をバカにされて暴力を振るってしまい、ユートピア学園に入れられた。エルコスが大好きで、エルコスに反発するジョンと対立する。
シェリー
学校でいじめられたために人前で話せなくなってしまった女の子。
『エルコスの祈り』のテーマ
『エルコスの祈り』のテーマは、思いやりの心や許す心、そして自分自身を大切にして生きること。
親や教師に見捨てられてユートピア学園に入れられた子どもたちは夢も個性も奪われて無気力に生きていますが、エルコスが「誰もがいいものを持っている」と子どもたちの個性を引き出し、勉強も夢をかなえるために必要なこと、と導いていきます。
「エルリック・コスモスの239時間」初演は1984年で、その前の年に、「戸塚ヨットスクール事件」が起きました。
時代背景的にも、ユートピア学園のような強硬な管理をよしとする立場がある一方でその問題が指摘されていたのだと思います。
では約40年後の現在はどうかというと、
あからさまな体罰は認められない空気になりつつありますが、SNSで親御さんなどが批判的に報告している小学校の組体操の指導の話とか、もう、まんまユートピア学園じゃん!と思いますよ。
『エルコスの祈り』のような作品が、リアリティを持たない時代が来るのが、一番良いのかもしれません。
子どもたちがどうしてユートピア学園に入れられたのか、の背景の中で、
「みんな、ネットの掲示板で私の悪口を書いて」というのは
時代に合わせたアップデートですね。
劇団四季ファミリーミュージカル『エルコスの祈り』の見どころ
音楽やビジュアルのイメージは、公式PVをどうぞ。
今だからこそ新鮮なストーリー
『エルコスの祈り』の舞台は、もともと「今から50年後の未来」という設定でした。
2023年公演では、前述のようにそこはふんわりした感じになっています。
初演は1984年ですが、一番最近上演された2023年になっても、まだエルコスのような、人間そっくりのアンドロイドは完成していません。
でも1984年と違うのは、エルコスのようなアンドロイドはできていないものの、少しずつ、私たちの生活の中でロボットの存在が身近になってきていることです。
エルコスのように、人間に近い受け答えができ、ある意図を持って人間の行動も誘導できるような人工知能の実現は、かなり現実的になっているように思います。
遠隔操作ロボット「orihime」を使って、外出ができない人が仕事をしたり、授業を受けたりすることは実用化されてきています。
orihimeは、自律稼動ではなく人間が操作するロボットなので、「心」は操作している人のものである、と言えますが、
アニメ作品「攻殻機動隊」の世界のように、
という問題が現実に出てくるのはそう遠くないように思います。
『エルコスの祈り』の劇中では、
人間の教師が体罰をすることには問題があるが、ロボットを使えば問題にならない、という描写がありますし、
エルコス自身、
「私は痛くもないし、苦しくもない、血も出ないし、命もないの。」
と言いますが、
1980年代と、現在とでは、こうした部分や、ジョンがやってしまった「間違い」の受け止められ方が変わっているのではないでしょうか。
劇中、エルコスがあまりにも万能で、子供たちの心も掌握したことで、ダニエラたち教師の仕事がなくなるという描写がありますが、これも2016、17年より現実味が増していて、
ドリルやワークブックなど、AIが出題、採点、フィードバックをしながら学習指導、くらいのことは遠くない先に広まるのではないかと思います。
キャラクターの魅力
ファミリーミュージカルの主人公は、「魔法をすてたマジョリン」や「ガンバの大冒険」のように、まっすぐで行動力がありまわりに愛されるタイプが多いのですが、『エルコスの祈り』のジョンは、生徒たちの中で1人だけエルコスに反抗して孤立してしまいます。
本当は愛情に飢えていて誰よりもエルコスに甘えたいのですが素直になれません。
タイトルロールのエルコスはアンドロイドで、人間は誰もが多少なりとも持っているマイナス思考がなく、なんでもポジティブに変えるエネルギーを発するようにプログラムされています。
ぬいぐるみに話をして癒される人がいるように、生きていないからこそいつも変わらないキラキラ感で傍にいてくれる存在です。
エルコスとダニエラたち悪役教師との違いは、エルコスは自分を守る必要も生存欲求もなく、
反対にダニエラたちは人間ゆえに
「自分が有能だと示さないとクビにされてしまう→生きていかれない」
という恐怖心にとらわれている、と考えることもできるんですね。
ファミリーミュージカルの中でも、ちょっとめずらしい感じで、複雑で繊細な人物設定を持つ作品だと思います。
「これはお話」と区切りが付けられること
『エルコスの祈り』は子どもにとっては、ちょっと(だいぶかな?)ビターなストーリーです。こわい場面、悲しい場面では泣く子もいます。
ただ、開幕時にタイムマシンが出てくることで「今から起こるのは、ここではないどこかのこと」というベースができますし、
『エルコスの祈り』に限らず、ファミリーミュージカルのよいところは、カーテンコールとロビーでのお見送りで、悪役も死んだキャラクターも笑顔で現れますので、そこで、
「さっきのはお話なんだな」
と、気持ちを新たにできることだと思います。
終演後ロビーでは、さっきまで舞台にいたキャラクターたちがお見送りをしてくれます。
ぜひ、ハイタッチや握手で「ありがとう」「さよなら」をつたえてくださいね。
(2023年現在 感染症対策のためロビーでの見送りは中止されています)
レトロだけれど未来を感じる衣装、装置のデザイン
現在の『エルコスの祈り』の衣装や装置は、イタリア人デザイナーによるもので、20世紀初めのSF作品のようなレトロで幻想的なデザインです。
フロックコートをイメージしたストーン博士の衣装や研究室のデザインも懐かしく温かい感じがします。
何かで1980年代のアニメ『銀河漂流バイファム』(1983年10月21日から1984年9月8日放送なので、ちょうど「エルリック・コスモスの239時間」の初演と重なります)の、キャラクターデザインをした方のインタビューを読んだことがあるのですが、
という意味のことを言っていたんですよ。そこで、西暦で2058年という時代設定ですが、バイファムの子どもたちの服は「現代」を描いた作品とあまり変わらないんです。
『エルコスの祈り』の衣装デザインも「昔ながらのSFっぽさ」に「普通の服として快適そうに見える」を取りいれているように見えます。
音楽の美しさ
ファミリーミュージカルのテーマ曲は学校の音楽の授業で習うことも多いようですが、『エルコスの祈り』の「語りかけよう」もそのようにして知った人もいるみたいですね。
ファミリーミュージカルの音楽は、シンプルで耳なじみが良い音楽が多いのですが、『エルコスの祈り』の音楽はとりわけメロディーラインが美しく、ラスト近くに、エルコスが歌うメインテーマ「語りかけよう」の変奏バージョンは毎回舞台で聞くと涙が出てきます。
ダンスがかっこいい!
実は一番かっこいい、と思っているダンスシーンは、管理教育で子どもたちが苦しめられている、冒頭の場面なんですよね(笑)。
意味からするとひどいシーンなんですが、一糸乱れぬ、直線が交差するフォーメーションとか振りがかっこいいんです。
劇団四季ファミリーミュージカル『エルコスの祈り』の見どころ まとめ
『エルコスの祈り』には、ロボットを扱った作品に特有の切なさがあり、その点では大人こそジンとくる作品かもしれません。
四季のファミリーミュージカルは、子どものための作品ではあるのですが、決して甘くないというか、「子どもの行動でも取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうことがある」というシビアなストーリーもあり、『エルコスの祈り』もそうしたシビアなお話の一つです。
もしお子さんと一緒に見るなら、
「自分がジョンだったらどうしたらよかったのか、これからどうしたらよいのか」とともに、
「クラスの中にジョンのような子がいたらどうしたらよいか」「ジョンにしてあげられることはないか」
も話し合えるといいなと思います。
劇団公式サイトの作品紹介ページ
https://www.shiki.jp/applause/elcos/